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kage

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メスのセックスのときの表情

kage

2009/09/30 (Wed)

女の子とエッチしちゃってる時、僕にとっては確かに女の子を犯して射精する満足ってあるのはもちろんだけれども、それ以上に女の子が僕の愛撫や肉棒でその表情を歪ませてヨガ゙らせていってる支配感に対する満足度のほうが本質的には大きいような気がする。支配感って言い方自体、ちょっと違うのかもしれないのだけれども、”僕でこの娘を感じさせてやってる!!”って気持ちと言えば判りやすいのかもしれない。

なぜならセックスでの女の子の表情ってのは特別なものであると言えるからだ。当たり前なんだけれども、普通の日常で接している限りには絶対観ることの出来ない表情であるし、そのシチュエーションとしても、ある種のアブノーマル状態以外は完全に二人きりのときにしか観られない表情であるからだ。つまりは、僕にだけ、それはその娘が見せてくれている表情である訳でそうなればオスとしての充実感ってのは生まれてくるのは当たり前だと言えよう。

もちろん、確かにその前提としてセックスがあってそのハダカを見つめて愛撫なんかもしてるのだから、その状態でも他のオスには出来ないことをその娘にしているって意識が生まれて、その気持ちってのは独占欲だったり支配欲であったりして、”モノ”にしている気持ちがあるのは間違いないのだけれども、しかしその娘を”感じさせている”ってのはその表情や喘ぎ声でしか判らないものなのである。確かに腰の揺れやかすかな汗の匂い、愛液の流れなんかでもその娘の欲情の度合いなんかも感じられるのだけれども、ビジュアル的にストレートにその感じ方が判るのは、その娘の表情なんだと思う。

なぜならハッキリ言ってしまえば、強引な愛撫でもその女の子の身体ってのはそれなりに反応してしまうのは事実だからだ。悲しい経験だけれども、ある女の子とエッチな関係になって何度かセックスしちゃってる仲であっても、たまたまその時は上手くその女の子の気分を乗せることが出来なくて、それでもつい始めちゃった為に、僕自身オスだから、それまでの甘えもあって、その娘を犯していったことがあるのは事実だ。こんな経験はどんなカップルにだってあるのだと思う。

オスってのはセックスをある意味で”甘え”としてそのメスに求めていく部分があって、ある種”お手軽”に自身の性欲を満たすためだけにその娘を犯していくってのがそれなりに関係が続くとヤってしまう場合があるのは事実だろう。しかしメスの場合ってのは、今までの経験した雰囲気でしか言えないのだけれども、ある程度その性欲とは別の部分・・・仕事であるとか人間関係であるとか、それなりに充実して、その上で性欲を満たしてしまいたいって感じで、オスのように本質的には甘えのセックスではないように思える。

逆に言えば、なにか他の事でダメージがあれば、性欲もそれに伴って減退するのが女性なんだろうと僕は感じている。確かにオスが居て、なんらかの辛いことがあって、それに対する甘えとしてのメスが求める部分も否定しない。しかしそれはあくまでもオスに対する”甘え”であって、それがストレートにセックスにつながらないのがメスなのだ。そう言う意味でも当たり前ながらメスの性欲ってのはオス以上に”発動条件”がシビアであると言えるのだろう。

そんな中でどうしてもオスのほうが”お手軽”に欲情するのだから、メスの気持ちを無視して性欲のままに犯してしまう部分は否定出来ないのだと思う。特に繰り返すのだけれども何度もセックスしている関係であるならば、オスのほうはその娘とセックスして”当たり前”の意識になる。そうなれば、ドメスティックバイオレンスまで行かないまでにしても、その性欲のままに相手の気持ちを考えずに犯してしまうのは事実になってしまうだろう・・・そしてメスのほうもそれまでのセックスを受け入れてしまっている事実や快楽に対する気持ちなんかもあってオスの性欲のままにそのセックスをある種”なし崩し”に受け入れてしまう所があるのは事実だろう。そう言う部分があるのをオスは本能的に理解して、それに甘えてメスを犯していくのがオスの”ズル”さであることを僕は気付いている。

そしてセックスになってしまうのだけれども、メスのココロのどこかにやっぱり、何かの”ひっかかり”があって素直にセックスが楽しめない状態であっても、その身体ってのは愛撫によって単純に快楽を感じていくのは事実であるはずだ。厳しい言い方になるのかもしれないのだけれども、肉体的な快楽ってのはやっぱり肉体的な刺激によって得られる部分があるのだから、メスにとってムゴい事を言えば、レイプによって感じてしまっても仕方の無いことであるのだ。

ステレオタイプな議論なんだけれども、レイプによって感じるメスは淫乱なのか?って問題はあるのかもしれないのだけれども、実際的に合コンなんかのお持ち帰りや何かの拍子でのセックス・・・そんな相手との愛情関係が無いたぐいのセックスでも感じることは事実だろう。それとレイプはある種、一緒なのだから、つまりはオスのどんな愛撫であったとしてもメスはその刺激によって、愛液を垂らし乳首を尖らせ腰を振って感じていくのは、事実のはずだ。セックスってのは究極的にはその肉体に対する刺激だからこそ、その精神性はどうしても後回しになるのが実際のはずだ。

ただしかし、その表情って問題に関しては、ヘンな言い方なのだけれどもその精神的なものが全て出るような気がするのである。これもまたステレオタイプな想像を働かせて欲しいのだが、例えばレイプなんかでの娘の表情ってのは苦痛や恐怖、そしてその中にかすかな快楽があるだけで、心としてはそのセックスに満たされないだろう。しかし恋愛感情までは行かないかもしれないのだけれども、メス自体が快楽を求めてセックスを受け入れた場合はその表情はより激しい快楽を求めて貪欲に息を喘がせて歪ませていくだろう。

そこで考えなければならないのはオスがメスに対してどのような表情を求めていくか?になる。オスだけの中にある性欲を満たすだけであれば、メスの蜜壷の中に射精さえすればそれなりの満足度があるのは間違いないだろう。オナニーと違ってそのメスの中に、もしくはメスの身体で射精したことに対してそれなりの充実があって納得できる部分があるのは事実のはずだ。だから悲しくて絶対オスとしてしてはいけないのだけれども、本音の部分でレイプと言う犯罪があるのはどこか理解できる部分がある・・・理解したからと言ってそれをするのは間違っているのだし、メスを傷付ける行為になるのだから、オスとしてメスと合意の無いセックスってのは絶対にしてはならないことを改めて書いておく。

ただレイプってのは当たり前だけれども自身の性欲を満たすだけのセックスだからそのメスとは”その場限り”での関係になるのが原則だろう・・・確かにどこかの小説やゲームのようにそれでそのメスを脅して関係を続ける的な発想もあるかもしれないのだけれども、実際はその場限りでのレイプのほうが多いだろう。そうなればメスを支配したいであるとか独占したいって気持ちはそのセックスには生まれないだろう。その時さえ射精する相手としてメスを扱い、思うままに犯すことが出来ればそれで良いのだから・・・・・

僕自身も当たり前ながらメスとのセックスにおいては、肉棒から精液を射精することを目的にして犯してしまうのが本音にある。ただ何度も言ってるように僕自身サディストだから、そのメスに対する支配欲ってのが当たり前ながらにあって、”自分のモノだけ”にしたいって気持ちがあってその手段としてのセックスだと思う部分が大きいのも事実である。よく日常での出会いの中でのプラトニックなつながりを重視したいって恋愛論の中で語られる場合が結構あるし、女の子の心の中でオスとの関係を性欲を満たしあうだけでの関係ではなくより内面的な愛情での関係でありたいと思うのもあるだろう。

確かにセックスだけの関係ってのも支配独占を求めるには、イビツなのである。簡単に言ってしまえばその娘の性欲だけを支配しただけでそのすべてを独占したことになるか?ってことになる。僕がそのメスに求める支配ってのは精神的にも肉体的にも完全なる忠誠を求めることになるのだから、そう言う意味ではセックス以外の部分に対しても独占していきたいって気持ちがあるのが事実なのだ。

ただ実際的にはセックスってのは当たり前ながら”子作り”の側面以外においても、メスにとってはそのオスを受け入れるか?受け入れられないか?って部分が大きいはずで、それってのは動物的な部分でしちゃう部分だから、日常での理性では求められない何を差し出すことになるのはメスの誰しも漠然とながらかもしれないのだけれども気付いてるはずだ。その心の中での性欲を満たすことと同時に何らかのものをセックスによって受け入れ、それによって”オスのモノ”になっていく覚悟ってのがどこかにあるはずである。

そう言う意味ではプラトニックな関係なんかよりもセックス前提での出会いのほうが、ある種、強固な関係になると言えるはずだ。逆に言えばセックスしたからこそその相手を”自分だけのモノ”として愛し、大切にしていきたいって気持ちになるのがオスの気持ちなのだ。確かにセックスのためだけに、性欲処理のためだけに出会ってしまうってのは不自然かもしれない。でもだからこそ、出会った相手に対してはきちんと愛して束縛していきたいのがサディストの本質であると言えるのである。

そしてそうなれば、やはりそのために、メスにはそのセックスで”満たしてあげたい”って気持ちになる。メスだって性欲があって快楽を求めて僕と出会うのだから、そのセックスってのは終わった後に満足出来なければ、その出会いには意味が無いことになる。逆に言えばオスはそのメスを独占するためには、メスが求める以上の快楽を与えることによって”快楽に溺れさせる”って言い方自体、不遜なものがあるのだけれども、”また次もセックスされたい!!”って思ってもらえるように頑張るのである。

そしてその判断基準になるのは、やっぱりセックス中のその娘の表情である。表情ってのは本当にその娘の気持ちがストレートに判る部分で、その快楽に溺れている表情ってのは、オスにとってその娘を”自身で溺れさせている!!”って自己満足につながっていく。他の誰にもその娘が見せたことの無い表情をより明確にさらけ出させるように激しくその娘を求めていくことになる。確かにおっぱいやお尻の柔らかさってのもオスの性欲を刺激するものであるのは間違いないのであるのだけれども、それ以上にメスの快楽に溺れる表情ってのはオスとしての支配欲を満たすことになるのだ。繰り返すようだけれどもその表情ってのは特別なもので通常では絶対見られないものであるからである。

つまりはその表情をさらけ出すことによってメスは自然とオスに対して忠誠を誓うことになると言えるのである。逆に言えば、肉体的に快楽を感じているのにレイプなんかでの苦痛をにじませた表情ではオスの独占欲を満たすことにはならないのである。そう言う意味ではメスの表情ってのはオスの独占欲を満たすものだからこそ、メスはセックスのときは恥ずかしがらないでその気持ちのままにその表情もさらけ出して欲しいと僕は思うのだ。
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多頭飼いの本質

kage

2009/09/28 (Mon)

僕の場合、やっぱネットでエッチの相手を探しちゃうから、その出会いのスタンスってのはどうしてもセフレ関係になってしまうのは否めない現実である。確かにやっちゃうことが調教だから、交尾するメスを独占したくて犯していくのだけれども、どうしても実際的には互いの時間が合う時に、リアルで出会ってヤっちゃうことになるのだ。つまりはセックス以外に生活があって、その余った時間をセックスに割り振るような時間の使い方をすることになる。

なにもこれは、普通の出会いでさえもそうであろう。確かに学生時代なんかのようにそれなりに自分自身で時間がコントロール出来て、その中で交尾し合うのであるなら、性欲のほうを優先して多少ともなりの強引なセックスだって可能だろう。しかし僕の場合、そのほとんどの女性がOLさんなどの働いてる女性か、人妻さんだから・・・特に人妻さんだからこそ・・・思ったよりも”都合”のつけ方が難しいのが本音にある。そう言う意味ではタイミングの難しさなんかは実際的にどんな出会いだってあるはずなのだ。

そして僕自身、自覚しているのだけれども・・・やっぱりそれなりに異常性欲だからこそ、相手構わずにメスならばヤリたいってスタンスで出会っちゃうからこそ、次の何月何日に今日セックスした女の子と再度セックスしちゃう約束が合ったとしても、それなりに時間の余裕があれば、ついヤレる、ヤレそうな別の女の子を捜してしまうのが実際である。どんなにその女の子を調教によって束縛することが出来たとしても、その女の子にも女の子のセックスとは別の生活があって、それを壊してまでその身体を求めていくことはやっぱりダメだと僕は思っているからだ。

そうなればスペアって言い方は次に逢う女の子にとっては大変申し訳ない言い方になってしまうのだけれども、やっぱり射精したいときに射精できるようにするために、別の娘をネットで探してしまうことになるのである。そうすることによってその娘と会えない時は別の娘を呼び出して性欲処理することが可能になるのである・・・このように書けば、なんだか”とっかえひっかえ”女の子とヤっちゃってるイメージになるのだけれども、そんなに簡単に出会える訳ではないのは当たり前である。実際に出会えるのは半年に1人か2人って感じで毎日毎週、別の女の子とヤっちゃってるわけではない。

それに先ほど”スペア”と言う表現をしてしまったのだけれども、その両方の女の子共に調教してしまうと”自分だけのもの”と言う気持ちが芽生えるから、どちらのほうが優先度が高いって訳ではないのだ。実際的にはその両方を大切にしていきたいと思うし、そのどちらも出来る限りには手放したくないのが本音にある。単純に言ってしまえば、究極的に言えば、毎日その女の子と必ずセックスが出来て満たすことが出来るのであるならば性欲ってのは満足出来るのだから、別の女の子は不要になる。

しかし、繰り返して言うのだけれどもその女の子にとっても性欲以外での時間に使い方ってのは当たり前ながら必ずあって、セックスってのはそれが無ければ成立しないのだから、どうしてもそれを優先させてしまうのが普通であろう。これは何も当たり前ながらメスだけに限ったことではない。オスの僕にだって当てはまることなのだ。ただ、そうなれば・・・”ヤリたいときにヤレる”関係ではないと言える事になる。それをクリアするための”多頭飼い”になってしまうのだ。

僕の方からは、”多頭飼い”ってのは当たり前ながら、”ヤリたい時にヤレる”環境作りってことで、自分自身の性欲を満足させることにつながっていくのだから、それはそれで納得できる状況である。ハッキリ言ってしまえばオスのエゴとして都合の良い環境が”多頭飼い”である。しかし女の子の中にはそれがセックス前提での関係であったとしても納得出来ない娘も中に入ることは確かなのだ。いや、ほとんどの女の子が”調教を許す限りには私だけを愛して欲しい・・・”って気分になるのは間違いない。

特に調教ってのは当たり前ながら、オスとしてその娘に対する”独占支配”が前提だから、調教を施したそのメスが別のオスと交尾することを許すわけではない。確かに人妻や彼氏持ちなんかでその相手と交尾するのが前提として出会った限りには、それを認めないわけにはいかないのだけれども、そのセックスってのはその相手との関係を維持するためだけの儀式であって、その本質には僕との調教のようにその相手に忠誠を誓い堕ちていくセックスではないのである。逆に言えば、その相手との関係にそのような”肉奴隷”になる気持ちが無いからこそ、マゾである悦びを求めて支配されるために、そのメスたちはネットに集まってくるのである。

支配独占を受け入れ求めうる精神状態をさらけ出すのはあくまでも僕とのセックスだけであって、他の相手とのセックスは極端な言い方をすれば、その相手の性欲を満たすだけのセックスであると言えよう。旦那や彼氏がいるメスであってもその精神的支配の観点から言えば、”飼い主は僕だけ”のスタンスをとるのだから、彼氏なんかのいない女の子からすれば、”完全なる忠誠”を求めていくのは、その娘たちがマゾであるからこそ。当然の帰結である。そう言う意味では絶対に調教を受け入れた限りには”浮気”なんかは許さないのである。

つまりは女の子にそれほどの忠誠を求めるのであるならば、女の子のほうからも僕に対して、飼い主として別の娘との交尾を許したくない気持ちが生まれるのは、ある意味、これもまた当然の結論なのである。だから、ほとんどの女の子ってのは飼い主に対して”浮気”を許さないスタンスを取る。この感情ってのはある意味、普通の恋愛における彼氏彼女の中での束縛のし合いに良く似ているのは間違いない。しかしここで気付いて欲しいのは、僕がその娘に行なっているのは”調教”であって、そこには当たり前ながら支配と忠誠の形が存在するのである。

確かに恋人からの派生の調教関係ってのはどこか互いに束縛しあって”アマアマ”な部分があっても良いかもしれない。しかし、僕の場合は調教前提での出会いである。調教とはその娘に対する支配だからこそ、そのマゾとなる娘には飼い主に対する”束縛”はありえないのである。そうなれば、当たり前ながらメスはオスの”多頭飼い”の中での1匹である自覚を持つことになる。ただ実際的には、当たり前ながらその娘に対して”実は別の娘も性欲処理のために飼ってる”なんかは言わないのだから、そう言う意味では”浮気を上手くする”って事になってしまうのだろう。

しかし、そう言いながらもメスってのはどうしても別のメスの匂いに対して敏感であることは認めなければならない。こちら側が言わなくても実際的に漠然と気付いている場合が結構多い。そうなればメスは当たり前ながら飼い主に対して”不信感”をもつのだから、その延長として”別れ”がある場合も否定出来ない。その場合、僕の場合であるのだけれども、結構ハッキリと言ってしまう場合が多い、”別のメスも飼っている”と・・・・・

つまりはそこでメスに選ばせるのである、”このまま僕のコレクションの1つとして関係を続けるのか?それとも別れるのか?”を・・・。本当に調教が出来ているメスであれば、コレクションの1つになることを選ぶし、別れるようであるなら、そこまで調教出来なかったことに対して飼い主として反省して”リリース”してしまう。ものすごくオスのエゴだけの身勝手な方策かもしれないのだけれども、”オスとしてメスの身体の中に精液を射精したい!!”ってのが1番の目的であるから、その条件に反するメスはどんなに惜しくてもリリースする結果になってしまう。

まあ、実際的にはそうやってバッティングしたのは2度か3度なので・・・ネットでのセックス前提での出会いが”入れ食い”状態であるわけが無い。やっぱりリアルまで出会えるシチュエーションに持ち込める確立ってのは少ないし、ネット故に、互いにリアルでしたくても、住んでる距離的にいきなり逢えないってのが多々あるのは事実だ・・・だから、こんなにもツラツラと書いてしまうこと自体が”サムい”ことであるのが事実なのである。

だからこの考え方ってのはある種のモテないオスの妄想であると実際的に他人から指を指されても事実であるから、何も言えないのだ。しかし、オスがメスに求める支配の意味と性欲の関係ってのは、マゾを求めるメスに気付いて欲しいと思う。もっと言ってしまえば、どんなに競争相手が居たとしても、そのオスの性欲をすべてしゃぶりつくして独占してしまう貪欲性ってのがマゾになるメスには必要ではないだろうか?その貪欲性がオスに対する忠誠心となったとき、オスはそのメスに対してやはり当たり前ながら、その”可愛さ”を認めるのだし、そんなメスが愛しいのが事実であるのだ。
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メイドコスの延長にあるもの

kage

2009/09/26 (Sat)

やっぱり僕の場合リアルでのセックスが目的でネットで遊んでるから、知り合った女の子に”リアルでも苛めていきたい!!”ってことは素直にアピールする。それで結局はそのうちの何人かとは逢えるんだけれども、そのうちの半分くらいの女の子ってのは出会い系で実際、リアルで逢ったことの無くて、僕のように誘われて逢っちゃうのは初体験って感じのパターンが多い。残りの半分は、それなりにネットでも何度か異性と出逢って経験してって感じで、本当の処の割合は判らないけれども、経験上の感覚ではまずは、そんな割合の雰囲気だ。

そしてそのセックスの内容なんだけれども、基本的には女の子の”奉仕”をメインにした調教プレイになる。簡単に言ってしまえば、女の子が僕だけの肉奴隷になって、飼い主の僕に性的奉仕をするって感じになる。中には露出とかのプレイを希望して出逢っちゃう娘なんかもいるのだけれども、ネットでのイメージでのプレイでそれなりに遊んでいても、実際的に調教をリアルで経験済みの女の子ってのは、やっぱりそれも半分ぐらいって感じだろう。それにいきなり女の子に”奉仕してごらん・・・”じゃ、どんなに調教済みの女の子でも戸惑うことも多いみたいなのだ。

だから僕は結構、”メイド服”なんかをラブホテルで借りることが多い。最近のラブホテルってのは結構な割合で”コスプレ”を貸してくれる所が結構ある。ソファーなんかに座って、”どうしたい?”って尋いてもやっぱり女の子は恥ずかしがってモジモジしちゃうタイプが結構いるから、その場合はメイド服なんかを借りちゃう場合が多い。”まずはシャワーなんか浴びて、メイド服に着替えておいで・・・”って感じで勧めてしまう。コスプレ自体、割と話題性のあるアイテムだし、チョイスのときなんかで女の子と話せるから結構便利なアイテムだと僕は思っている。

メイド服を着ちゃった女の子ってのはそれに成りきろうとするから、”そうやってエッチなメイドさんになりたいから、来ちゃったんだよね?”の一言でやっぱりその時のシチュエーションってのは決まってしまうから、後は”奉仕させてください”ってその女の子に言わせちゃえば、その女の子が想ってる奉仕プレイになっていくことになる。そうやって僕は初めて出会った女の子をエッチなメイドさんにしていくのだ。

たしかにこんなプレイをしちゃうのは出逢った全ての女の子にする訳じゃない。チャットやTELでリアルで実際出逢う前にそれなりに僕自身がどんなプレイが好きなのか?女の子がどんなプレイをしたいのか?ってのは結構具体的になるところまで判り合ってる部分が出来ているのも、間違いないのである・・・チャエッチなんかしちゃってると自分自身の性欲をその中で妄想のままに伝えているために女の子もリアルで逢った場合、どんなプレイになるか?ってのは当たり前ながらイメージしやすい・・・だから、そうやって”予行演習”しているために、リアルで逢ったときにそんなに気を使うことは無い場合も結構あるのは事実だ。

しかし、出逢った女の子の半分ぐらいは調教に対してリアルでは未体験な場合が多いから、どうしてもオスの求めるままに受け入れての調教を求めてしまう場合が多いのも事実である。そうなれば女の子の中での奉仕プレイと僕自身の中でのプレイとの間にどうしても”ギャップ”が出来てしまうのも事実である。たしかにオスの性欲のままにしちゃっても、女の子は変態エッチをなんらかの形で経験しちゃって、それなりの快楽を受け入れて満足できる部分があるだろう。しかし女の子自体、思うままにセックスしてみたくて来ちゃったのに、それではどこか満たされなくて終わっちゃう場合も出てくるだろう。

つまりはオスにとって注意しなければならないことは、女の子がいかに主体的に交尾を楽しんで満たされていくか?が重要なのだと思う。ただオスの性欲のままに犯されてそれなりの快楽を受け入れて満足する状態から、真性のマゾはより積極的にオスの精液を欲しがって確求めさせていくように”仕向けて”いくことがサディストとしてのオスの調教の本質ではないだろうか?

確かに基本的にセックスってのはオスがその性欲のままにメスの身体を陵辱し味わっていくことになるのだから、その延長としての調教ってのはどうしてもオスがメスを”苛める”ことがメインになるのだけれども、実質的にはメスの淫乱性を引き出す所にその興奮はあるのだから、その意味ではメス自身が積極的にマゾであることを自覚して”行動する”事によって興奮するはずである。そう言う意味では、ノーマルなセックスよりも調教ってのはメスの性欲が”試される”シチュエーションだと言えよう。

そうなれば、調教を成立させるためにはメスにはどのように振舞わせるか?が大切になるのは当然の帰結であると言える。しかしいきなりの出会いで唐突にメスに奉仕させるってのはどこかメス自体の中の気恥ずかしさもあって、難しいものがあるのは事実だろう。それを強引にオスの命令として従わせるのも1つの方法だと言えるのかもしれないのだけれども、特にまだ実際的に調教を経験したことの無い娘には、その命令は屈辱的で理性が抵抗する部分になるのは良くあることである。

それを暴力的に屈伏させてレイプするように犯して従わせることも、1つのプレイとして成り立つのかもしれないのだけれども、そのメスを長期で飼うことを考えれば、より自発的に”メスであること"を自覚させるほうが調教しやすいってのが本音にある。”オスのためにメスにされる”のではなく”そのオスのためにメスになっていく"ほうがメスに忠誠を誓わせると言う意味では正しいのである。そして奉仕と言う行為はその忠誠の結果として判りやすいメスの振る舞いであると言えるのである。

逆に言えば、自発的なメスからの奉仕をさせることが出来れば、それは結果として忠誠を誓わせることになるのだから、そうなればそのためのシチュエーション作りの方法の1つとして、メイドコスプレがあるのは理解できるだろう。メイドのコスをさせることによって、メス自身にその役割を意識させ、特に飼い主が性欲処理のためにメス自身を呼び寄せたことを自覚させることが出来るのである。最初のうちは確かにコスプレと言う”ごっこ遊び”であるためにメスの気持ちも、遊びとしての延長として調教を受け入れていくのだから、やりやすいのだろう。

そう考えれば、調教の場合、いかにオスのリードがメスの気持ちを作り出していくか?判るであろう。実際的に調教だけではない。普通のセックスでもいかにメスがその性欲のままに犯されていくか?をメス自身に納得させていくのが重要なのである。つまりはその雰囲気作りからすでに調教ってのは始まっているのである。もっと言ってしまえば、ステレオタイプな想像ながら、調教に必要な縄やクサリ、首輪なんかの道具であっても結局、そのメスを調教するためのシチュエーション作りの道具であって、それによってのメスの物理的な快楽ってのはあるのかもしれないのだけれども、それ以上にメスに対して精神的に調教されていることを自覚させる道具であると考えるほうが判りやすいのである。

つまりは調教といえば肉体的苦痛であるとかのものを想像しやすいのであるのだけれども、実際的にはメスの心をいかに支配し、束縛し、マゾであることを自覚させるか?が重要なのである。特にそのオスを飼い主として忠誠を誓わせ”ご主人様のために・・・・”と思わせることによって、よりオスの性欲のままに陵辱し調教を深めていくことが可能になっていく事になるのだから、実際的にはその心の調教が重要なのだと言えるだろう。そう言う意味ではノーマルなセックスよりも調教プレイでの愛情のほうがよりテクニカルな部分があって、またオスとしてのメスに対する愛情が試されるとも言えるのだ。そしてオスはそのメスを調教するからこそ、独占し、従わせなければならない。

ただ、それはオスがそのメスに対してオス自身のエゴを全て押し付け思い通りに出来るというわけではなく、きちんとそのメスに忠誠を誓わせるためには、そのメスを大切にする気持ちも必要なのである。簡単に言ってしまえば、調教を行なうのだからこそ、自分のモノだからこそ、他のメス以上にそのメスを大切にしなければならないのである。その気持ちの交換としてメスはそのオスを飼い主として認め、忠誠を誓うのである。調教するオスは絶えずそのことを自覚してメスを調教しなければならないのだ。そして”調教=愛情”であることをオスは知っておくべきであると僕は思っている。
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リアルでの出会いの本当のこと

kage

2009/09/24 (Thu)

僕の場合、ネット女の子と出会っちゃうのはストレートに性欲解消が目的だから、運良くリアルで逢った場合、当たり前ながらいきなりホテルに連れ込む場合が結構多い。たしかにお茶なんかして話したりすることもあるんだけれども、相手もセックスのために来ちゃってるって意識があるから、”いきなりでも良いよね?”って感じでヤっちゃう訳である。これは特に人妻なんかのおねーさん的な雰囲気の女性の場合は特にそうである。女性自身のほうもリアルで逢った時点でセックスするって意識は当たり前ながらあるのだし、そうなればまずは目的を果たすってのがやっぱり普通になってしまうのだろう。

出会いの実際
画像はSTELLAR玉繭~魅せられた蜜の糸~より
この画像は、ソフトハウス『STELLAR』の作品の素材を使用しています。
これらの素材を他へ転載することを禁止します。




確かにその辺りをよくよく、あった女性に訊いたことがあるのだけれども、やっぱり”セックスしちゃうためだけに逢っちゃう恥ずかしさ”ってのがあって、気分的に余裕がないってのが本音にあるらしい。そう言う意味では女性のほうも割り切れている部分があるのかもしれない。ただやっぱり中には緊張しちゃってる娘もいるのも事実である。出会い系なんかでリアルで逢っちゃうなんて普通はそこまで求めてなくて、でもつい、興味があって・・・って感じで来ちゃう女の子もいるのである。そんな女の子の場合は、お茶なんかしちゃって、ちょっとだけ女の子の気持ちに余裕が出来てから・・・って感じで逢っちゃうのが今までの僕の場合である。


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その割合ってのはどっち側が多いか?ってのは実際、半々ぐらいじゃないかな?って感じている。こっちもやっぱりリアルで逢った限りには、そのままセックスしたい!!って気持ちがあって、”逃がしたくない!!”って本音もある。そう言う意味では、逢った時点でこちらに主導権がある場合が多いから、つい、性欲のままにいきなりホテルに誘っちゃう場合が多いのは本音にあって、それでやっといきなりホテルに行っちゃう割合ってのは半々ぐらいになってるって感じだ。

繰り返しになるのだけれども、ネットでの出会い系なんかの延長でリアルで逢っちゃうってことは、その目的ってのは”リアルでのセックス”になるのは当たり前ながら同意になっちゃってるから・・・逢った時点でセックスの意識がほとんどの娘にとってあるから、そこでの拒否ってのはほとんどないのは事実なのだけれども、中には”やっぱり・・・”って感じで逃げられるパターンも実際はある。

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どんなに性欲があって変態エッチに興味があっても、女の子の気持ちの中にはやっぱり”出会い系でのセックスのためだけの出会いは良くない・・・”って気持ちがあるのは当たり前なんだと思う。それまでのセックスに対する道徳観なんかや心の中の理想のセックスがあって、それとはまったく逆のイメージでのセックスが”出会い系でのセックス”なのは、オスの僕でも否定出来ない事実である。だから逢ったものの、”やっぱり・・・”ってのは女の子のセックスに対するモラルだから、そこを強引にやっちゃうことは出来ないって思っている。だから、はっきり言ってしまえば、本当にお茶なんかしちゃって、そのまま”サヨナラ”ってパターンもあったことは否定出来ない。

それはハッキリ言えば、チャットなんかでの内容でオスのこちら側から”リアルで逢ってセックスしたい!!”って気持ちを伝えて、女の子がその気持ちを受け入れて来てくれるんだけれども、女の子の方は完全にセックスしたい!!って欲望のままに来ちゃうんじゃなくて、言うなれば、僕の気持ちに抵抗出来なくなって来ちゃったんだと思う。だから実際、逢っちゃうと”なんとなくリアルでのセックスが怖くなって・・・”って感じでサヨナラしちゃうのだ。

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だから、基本的には実際逢っても、女の子の拒否があればそこで”サヨナラ”しちゃうことに僕の場合はしちゃってる。僕自身レイプ系のプレイに対してどうも抵抗があって興奮し難いってのがあるし、やっぱり1番なのは、終わった後に女の子から”気持ちよかった、またしたい!!”って言ってくれることなのだ。そうなれば無理が出来ないってのが本音にある。そしてプレイ自体も、”ご主人様のために奉仕します!!”ってのが1番うれしいパターンなのも事実だからだ。

最初から女の子の拒否があるとやっぱりそんな”奉仕プレイ”ってのは望み難いから・・・・確かにレイププレイで犯しまくって、従順に調教していくってのも良いかもしれないのだけれども、どこまでその女の子の拒否が”演技"なのか?”本音”なのか?が判りづらいためにあんまりしたくないってのがあって・・・・どうしてもいきなりそんな奉仕プレイが出来ちゃう娘ってのはほとんどいないのだから、だんだんとしか調教出来ないのだけれども、それでも女の子の抵抗がある場合はどうもその辺りで”気後れ”するのが本音にある。


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これは僕自身の心のどこかで、当たり前ながら”セックス前提”での出会いだからこそ、その女の子がどんな娘なのか?ってのが本質的に判ってない”怖さ”によって、そうなっていることを認めなければならないだろう。確かにネットでのチャエッチなんかでこちらの性癖なんかを相手に伝えているのだけれども、実際それがリアルでも女の子に受け入れられるか?どうか?は別の話であることを僕自身、気付いているつもりだからだ。

ネットでのエッチは開き直れば”バーチャル”なんだから、どんなに変態プレイであってもいわゆる”妄想”の中での行為だから女の子もそれなりに自分自身の妄想の中で”都合良く”想像して感じているのであって、実際のリアルでのプレイになると”こんなはずじゃなかった・・・”ってのがあって当たり前なのだからである。そう言う意味ではオスのほうがやっぱりセックスにおいてはイニシアチブを取っているのであるのだから、女の子に気持ち良くなってもらおうと思えば、それなりにオスの方がメスの”気分”を読んで、セックスの内容を変えていくべきなのだ。

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こう言ってしまうとサディストのオスがマゾのメスに気を使うなんて、調教の本質から、外れていってるように思えるのかもしれないのだけれども、いきなりオスの性欲のままに調教してもメス自体にそれなりの”理想”があって、そこから離れてしまえばメスの心のどこかで”醒めて”しまう部分が出来るのも事実なのだ。確かにジェットコースター方式で強引にメスに快楽を与え、マゾであることを自覚させ、強制的に肉便器にしてしまうプレイもあるだろう。

しかしそれではメスの心のどこかで調教に対してトラウマ化してしまうだろう。それにそれではその時だけはオスも興奮してプレイが楽しめるのかもしれないけれども、実際はオスの独り善がりのセックスになってしまうのだから、どうしても恋愛として長くは続かないだろう。それでは調教とは言えなくなってしまう。あくまでも僕が考える調教はメスの心まで忠誠を誓わせ、飼い主としてのオスのためだけに存在していることを自覚させていくプロセスなのだから、そうなれば、メスの気持ちにも”満たすべきもの”が無ければその関係は成立しないのである。

熟マンどっとこむ

だから調教志願の女の子とリアルで逢ったとしても無理して強引にすべきで無いと思う。メスが奴隷になることで悦びを見つけ、それによってその心が満たされていく部分があって、調教の成功だと僕は思っているからだ。だからそう言う意味ではオスとしてメスがそんな雰囲気になるようにシチュエーションを作っていくことが重要なのだと僕は思っている。

今回このブログを読んでメスに気付いて欲しいことは”オスの性欲のままにオモチャにされて犯されていくことだけが調教ではない”ことである。確かに調教の本質はオスのメスに対する精神的支配だから、オスの性欲のままに身体も心も受け入れていくことがその実際だから、それと矛盾していることなのかもしれない。しかし、調教とレイプとは異なるはずである。調教のプレイの1つとしてレイプがあるのかもしれないのだけれども、結局はメスが”オスのために・・・”って意識を生まないレイププレイになってしまえば、そこには忠誠も愛情も生まれないからである。それではオスのメスに対するセックスによる調教での束縛はありえないからである。

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このように書けば、女の子の気持ちを考えて逃げられている・・・って思うかもしれないのだけれども、実際的にもっと言ってしまえば、僕自身の見た目や雰囲気がリアルで逢って、女の子の想像と違い過ぎて無理だったこともあることは事実である。セックスに到るまでの過程の中では最終的な判断・選択は女の子の中にあって良いのだ。リアルで逢ったからと言って、必ずそのオスとセックスしなければならないって事にはつながらないのである。そのことも女の子には気付いて欲しく、僕は思うのである。

PS
このように書いていると結構、女の子と逢っているような印象を持つかもしれないけれども、実際は恥ずかしながらリアルで逢ってセックス出来るのは半年に1人か2人のペースである。そして5回、10回と長期の調教になったのは数人しかいないのが事実であるのだ。またリアルでの約束をしておいて、ドタキャン・すっぽかしにあった事は本当にたっぷりと経験済みである。ネットでの出会いってのはお手軽のように思われるのかもしれないのだけれども、それなりに苦労があって、たやすいことではないことも伝えておきたいと思う。


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出会い系の存在意義

kage

2009/09/22 (Tue)

いつもと変わらない日常でその娘と出会って、なんとなく好きになって、それなりのチャンスがあって、彼氏彼女の関係になって、そしてキスとセックスをしてしまう。これが、何を普通とするかは判らないけれども、セックスに到るステレオタイプなプロセスなんだと思う。中には合コンやナンパでその場の勢いやノリでセックスすることもあるのだろうけれど、恋愛の過程でのゴールとしてのセックスっては、結構誰にだって判りやすいパターンだと僕は思う。

だから、その娘を手に入れるために、手に入れた後も・・・彼女がいるから、出来たからって感じで、他の娘から何らかのモーションがあったとしても我慢するってのが、その恋人にした娘に対する想いで、パターンだろう。確かに中にはどうしても我慢出来なくなって浮気をしてしまうこともあるのかもしれないのだけれど、基本的には恋人にした娘だけって感じになるのが普通だと思う。

しかしネットでその辺りはどうなのか?ってのが実際にある。ネットでの出会いってのは簡単に言えば、まずはセックスしたい!!って性欲がストレートにあって、それをいかに満たしていくか?ってのがある。もっと言ってしまえば特に欲情した時だけ、交尾できる相手が見つかればそれで良いって部分があるのは事実だろう。特に調教プレイなんかは日常じゃ絶対に出来ないプレイだから、そう言う性癖を満たせる相手を探してしまう側面があるから、そう言う意味では”その場”限りの出会いになっちゃうことは結構ある。

特に僕の場合ってのはおかしいのだけれども、基本的には”ネットで出会った相手とエッチなんかリアルで考えたことも無い!!”って女の子と結局はリアルで逢っちゃうことが多い。どんな肉棒でも良いから欲しいからネットで遊んでる娘ってのは実際ほとんど居ないような気がする。変態エッチに興味あって、性欲もそれなりにあるんだけれども、チャットなんかでのオナニーでそれなりに満たしてしまうってのがネットで遊んでる女の子の大部分だろうと僕は今までの経験上、そう思っている。

なぜなら、ハッキリ言ってしまえば見た目ウンヌンって問題もあるかもしれないし、性欲のためだけにオスを誘うって事自体に抵抗があるのかもしれないけれど、女性の場合、セックスしたければ日常の出会いの中でもそれなりにオスとの関係ってのは出来るものである。ヘンな言い方かもしれないのだけれども需要と供給の問題なのである。メスの場合、性欲があったとしても妊娠や周りの視線・・・性欲のままに相手関係なくセックスをしちゃうことに対する周りの視線、それに道徳感なんかがあって、簡単にセックスに踏み切るってことは出来ないだろう。

オスの場合は相手を妊娠さえさせなければ・・・・って分があって、男女のセックス観の違いってのは量と質の問題だと言ってしまえば、良いだろう。どんなにすばらしい女性と1回だけのセックスよりもオスの場合1000人のメスとセックスしたほうがある意味勲章になるし、逆に言えば女性は数よりも他のメスがうらやむ”良い男”とセックスすることが勲章になると言えば判るかもしれない。

そう言う意味では性欲が男女ともにあったとしても、その目的が量と質で違うのだから単純に言えば、それゆえにメスのほうがオスを選ぶ主導権があるのだと言えるのだ。だから、日常においての恋愛の主導権ってのはメスにあって、いかにオスはそのメスに"選ばれるか?”がポイントになる。そう言う意味においては、日常の中での出会いにおけるセックスってのはメスの性欲の中に選択があって、メスのほうがセックスの欲望に対して満たされやすいのだと言えるのである。

だからこそネットでの出会いってのはメスにとってはリアルに対して補完的な部分を持つことになる。性欲のための恋愛ってのはヘンなのかもしれないけれども、結果的にはそんな部分があるのはメスにとって否定出来ないはずである。ただ問題なのは、そこに到る為のエネルギーの量ってのが大きすぎるのがネットでの快楽を求める原因になるだろう。

ハッキリ言ってしまえば恋愛するって事は、時間的にも肉体的にも恋愛以外の生活があって、それを維持するための必要なエネルギーの残りを使うって事なんだけれども、恋愛においてセックスの快楽やその他の幸せを得るためには、ほかの事に必死すぎて余裕が無かったりするのが本音にあるだろう。そうなればセックスの快楽も諦めるべきなんだけれども、実際的には性欲ってのは動物的な欲望だから、簡単に諦めることなんかは出来なくて、だから快楽だけを求める行為としてのオナニーなんかがあるのだと言える。

そのオカズの1つとしてのネットの存在であると言えるのだ。オスの場合は、AVがあってアダルト雑誌があって・・・とオカズになる道具ってのはアカラサマに多いのだけれども、メスの場合は異性に対するビジュアルとしての肉体の存在よりも、いかにしてメスとして自分自身がどのように愛されるか?がテーマになるようだから、どうしても”想像力”をオカズにしてしまう部分が大きいのだろう。言い換えればオスってのはハダカのおねーさんの写真さえあれば、それをオカズに出来るのだけれども、メスの場合は単純にハダカのおにーさんの写真があったとしても、それをストレートにオカズにすることは難しいのだろう。”そのおにーさんにどのように犯されるか?”の想像力があってこそ、オカズになりえるのだろうと思うのである。

つまりはそうなれば、ネットでのヴァーチャルなセックスなんかはメスにとってオカズになりやすいのだろう。当たり前ながらネットでのチャットセックスなんかは文字での表現がメインになる。そうなれば、その文字から連想されるものがメスにとってのオカズに成り得るのである。逆に言えばオスの場合は、文字情報だけでの興奮ってのは少ないから、どうしてもチャットなんかでメスにその画像なんかを要求したりして、具体的なビジュアルをもって興奮するのがオスとメスの性差であると言えるであろう。

ただネットでの出会い系のイメージがマスコミで取り上げられている通り、どこかネガティブで犯罪的なものもあって・・・すべてがそうではないと言えるのだけれども、その側面ってのは必ずどこかにあって、否定出来ないのが僕のネットに関する感想である・・・特にメスの場合はオス以上に性犯罪に巻き込まれやすいのだから、ネットでの出会い系に抵抗があって、それさえも否定する女の子のほうが多いのが実情だろう。そして繰り返すのだけれども、それを利用してもあくまでも、オナニーのオカズの1つで、リアルであうことなんかを考えてないって娘のほうが多いのが実際だろう。

そしてその女性の気持ちってのは、正しいって僕には思える。しかし実際的にセックスってのはリアルがあってこそ、初めて満たされていく側面があるのは事実なのだ。今回、ここで言いたいことは、女性にとってネットでの出会い系ってのはどこか、モニタの向こうでしか存在しない世界だと思っている部分が大きいだろう。しかし心のどこかでもしかして、リアルでも・・・って感じで、実際にネットでの出会い系でリアルでもセックスしちゃってる女性の存在をマスコミなんかで知ってるために、思う部分がどこかにあるはずだ。

しかし、いきなり逢ってセックスするってのは抵抗が逢って出来ないってのは、当たり前の反応である。単純で短絡的な考えでフリーセックスが女性の姓に対する開放ではないはずなのは判っている。それに性犯罪があって、妊娠があって、道徳観があって・・・と様々なハードルがあって、それらを越えて初めてセックスに到るのが普通である。だからと言ってそれが面倒だからといって、オナニーで満足してしまって良い訳ではないのも事実なのだ。

普通に考えればネットでの恋愛の無いセックスってのは異常なのかもしれない。しかし、動物として生きている限りには性欲があって普通のなのである。無理してセックスする必要は無いけれども、そう言う世界をすべて否定するとは否定しないで欲しい。オスにだって純粋に性欲を満たすためって部分があって、ネットでの出会いを利用していることは否定出来ないのだけれども、プロセスはどうであれ、交尾した娘を自分だけのモノにして愛していきたい気持ちもあるのは事実なのである。そう言う出会いに対して男女関係なく、相性的に”合う合わない”があるのは当たり前である。しかし自身が合わないことを理由に全否定しないで欲しい。ただなんとなく今回はっそれが言いたいのである。
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汚れの意味

kage

2009/09/19 (Sat)

僕が基本的に求めるネットでの出会いってのは、やっぱりストレートにセックス出来る相手を探そうとすることになる。当たり前ながら性欲があってメス身体精液を射精したいからであって、ネットでならメスの場合も程度の違いはあっても、多かれ少なかれセックスに興味があって来ちゃうのだから、来ちゃう理由は一緒で”手っ取り早く”その相手を探せるからである。特に世間でアブノーマルな変態エッチだと言われるような性癖であったとしても、それを求めて女の子も来ちゃうんだから、その出来るチャンスってのは日常、その性癖を隠して過ごすよりもよっぽど出会いやすいから、ハマっているって部分が大きいのは事実だ。

汚れの意味
画像は汁・ザル特濃 汁まみれ!~ザーメンだらけのプールサイド~より
この画像は、ソフトハウス『汁・ザル』の作品の素材を使用しています。
これらの素材を他へ転載することを禁止します。




そしてそんな中で女の子がよく言っちゃうセリフは”淫らに汚されたい!!”ってのが多い。セックス前提での出会いだから、恋よりも快楽を求めて来ちゃうのだから、どうしてもその気持ちは背徳的な部分もあって、理性でない動物的なものに依存して、特に快楽を与えて”もらう”ことを求めるのだから、そのマゾな部分がそんなセリフになっていくのだと思うのである。


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なぜなら、”汚れる”ってことはそのオス精液を浴びて真っ白に染め上げられていくことに直結するからである。基本的にヨダレや汗、小便など、人間の身体から出るものは、あくまでも”排泄物”であって、身体に残しておくと有害なものであるために、そんなものは、他人のものであれば特に、”汚い”と認識し、日常であればそれに触れていくって事は嫌悪感を覚えることなのである。しかし、セックスにおいてはオスの肉棒からあふれる精液ってのはやはりその子供を作るための大切なものであるという意識はメスにあるのだろう。

当たり前ながら、”子作り”の側面ってのは実際的にそのお腹の中で子供を育て、産むのだからメスのほうがどうしてもセックスに対して神秘性を持つ部分が大きいようである。確かにオスは究極的に言えばメスの子宮に精液を射精するだけだからそう言う意味では、土壇場での”子作り”に対する実感っての薄いのは本音にある。そう言う意味ではメス精液に対して、体液としての汚さと”子種”としての意味の二つを持っているのではないか?と感じる場合がある。

だからこそ、理性では精液を浴びることに対して”汚れ”を意識し、それでいながら快楽を伴う特別なものとして精液を求めていくのではないだろうか?つまりはメスにとって精液を大量に浴びていく行為はそれだけで妊娠する可能性ってのは当たり前ながら高まるのが本能的にあって、その”子供を産む”って行為に、無自覚ながらも動物的な悦びを意識しているのではないだろうか?と感じる場合がセックスをしてて僕には結構あるのだ。その具体的な表現として”汚して・・・”になるのではないだろうか?

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そしてオスの場合もそのメスを独占したいためにセックスをしている側面ってのは否定出来ないような気がする。確かにメスの中に肉棒を挿入して性器に刺激を与え、それによって快楽を得たいって気持ちもあるのは性欲の大部分かもしれないのだけれども・・・中にはレイプ犯のように単純に快楽を得るためのセックスを求めるオスもいるのは否定出来ないのだけれども・・・・それ以上に心のどこかでその娘を独占したいって欲望が大きいのだと思う。

もっと言ってしまえば、交尾中、オスの心のどこかで犯しているメスを支配しているような錯覚に囚われることがあるのだ。”自分自身の交尾でそのメスをヨガらせてやってる、染め上げてやってる”と言う意識がどこかにあって、オス自身の思うままに犯している気持ちはメスに対しての征服欲につながっていくのである。そして射精ってのはその”あかし”なのである。だから精液をメスにぶっ掛けることによって独占していくことを具体的に意識することが出来るのである。

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なぜなら、メスの身体にオス自身の精液を残すってことは他のオスにそのメスを触らせないようにするための手段だと無自覚的に意識するためであるのだ。メスの身体に他のオスの精液が残っていると思ってしまうと、どうしても嫌悪感が先立つ場合がある。嫌悪感ってよりも嫉妬に近い感情なのかもしれない。そうなればより激しくそのメスを犯し、自身の精液を浴びせることによって、そのメスを染め上げ直し、その所有をより主張したくて犯すことになるのである。

その意識ってのは立場がオス・メスとでは違うのだけれども、メスにとってはオスに所有される悦びとして”汚れる”ことを求める意識になるのではないだろうか?所有されるってことはそのオスのモノになると言うことである。つまりは所有される代わりにそのオスにされ守られる権利もメスは手に入れることになるのである。オスからすれば”自分だけのモノ”だからこそそのメスを大切にしたいのだし、きちんとしていきたいと思うのが普通だろう。

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自分のモノにならないメスをしていくことは本質的に無いからだ。こう言っては確かに”では片思いはどうなのよ?”って意見が出るだろう。”片思い”ってのは、実は簡単に言えば相手を”手に入れたい!!”って欲望を恋論に絡めて表現した言葉だと僕は思うのである。そこにはやはり”モノにする”欲望があるのだから、そう言う意味では自分のモノでその時は無くても、未来における”モノにする”可能性って意味合いで成立するはずだ。

そう言う意味においては”自分だけのモノにするからする”ってのとさほど変わらないはずだ。結局言いたいことは”自分だけのモノにするからこそ、そのメスを愛したいのだし大切にしたい”って気持ちのことだ。つまりはメスはオスに”汚される”ことによって、オスの支配を受け入れ、独占され、その交換としてオスからの愛情であったりを求めることとなるのだ。だからセックスでよ汚されていくことによってメスはそのオスの所有の気持ちを受け入れ、その証拠として”汚れ”を受け入れることになるのである。

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そこにはそのオスのみの精液だけで真っ白に染め上げられることによって別のオスの精液を否定する気持ちになっていくのだろう。そう言う意味ではメスってのは無自覚で具体的な意識は無いのかもしれないけれども、多かれ少なかれマゾなのであろう。だからどこかその汚されるプレイとしての調教に、ある種の特別な気持ちが生まれていくのだろう。

そう言う意味では調教ってのはそんな心のつながりを具体的に表現するセックスのプレイの1つであろうと考えられるはずだ。単純に快楽を求めあうセックスよりもその意味性は調教は大きいはずである。そしてその中での”汚れ”と言うキーワードはその関係性を最も表しやすい重要なキーワードに成り得るのだ。だからメスは”汚れ”を求めてネットに集まってくるのだと僕は思うのである。


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